お侍様 小劇場

   “秋冷 さやけし” (お侍 番外編 132)


ふっと、意識が呼び戻される。
肌にやわらかく馴染んだ夜具の感触の温かさに、
上質のアルパカ毛布の中へ
埋もれている自分であると気がついて。

 “……あ。”

随分と深く眠っていたようだと思い知らされる。
名乗り上げこそしてはないが、それでも一応は島田の家の者。
武芸も修めているのだし、
そのようにとの命を受けてはなくとも、
そうそう無防備ではいられないと、
常に意識していたはずなのにね。

 “……いけないなぁ。”

ましてや、自分は
それは尊いお方のすぐ傍に身をおく存在なのだから、と。
いつ何時たりとも気を緩めてはならないと、
常に油断なく構えているつもりなのだが、

 「〜〜〜。///////」

ほどかれ寝乱れた金の髪を、
白く細い指という手櫛にて掻き上げながら、
開けた視野の向こうにおわす、
雄々しいお人の寝顔をやや恨めしげに、だが
それは まろやかな微笑でもって、
うっとりと見やる七郎次であり。

 世間様からは“倭の鬼神”などという
 おっかない名で呼ばれておいでの御主様

彫の深い精悍な面差しは、
無心に寝入っておられるはずなのに
どこか気難しくも悩ましげで。
深い気欝でも抱えておいでのような、
あるいは苦しげな夢でもご覧のようにも見えて困りもの。
冗談抜きに、まだ幼かった七郎次が、
どうなさいましたかと
慌てて起こしてしまったこともあったほど。
元からそういう風貌なのだよと、
苦笑しつつもポンポンと、
大きな手のひらで頭を撫でてくださったのは、

 “…ああ、いつのことだったっけ。”

そのように野生味の滲む風貌をなさっていつつも、
くっきりとした口許は意志の強さと品格を表し、
日本人にしては やや瞼の薄い目許は、
伏し目がちになっての深い思考に入ってしまわれると、
知的であるその上へ、それはそれは色香が増す罪な人。
双方とも結構な上背同士で、
さすがに“同じ一枚の”という訳には行かず、
それぞれがくるまる毛布が微妙に重なっていて。
その下で、こちらの脾腹あたりへ載せられた
手の感触がくすぐったい。
ふと見回せば、
毛布にくるまれているはずの勘兵衛の肩先が
少しだけはみ出しているのに気がついて。
おやとシーツへ肘をついて身を浮かせ、
触れて起こさないよう、そおと宙へと腕を伸ばせば、

 「そのような遠慮なぞ水臭い。」
 「あ…。//////」

ややくぐもったお声が低く響いて、
枕の陰から回された腕が、
この身をぐいと引き寄せてしまわれる。
ぱふりと頬をつける格好になった胸板は、
何もまとっていないままであり。
ああもう、風邪を引いたらどうしますかと、
こうなっては遠慮もない、
再び腕を延べ、毛布を直して差し上げながら、
こちらからも言葉を紡ぐ。

 「いつから起きていらしたのですか?」
 「さてな。」
 「あ、もう。いけません。」
 「何を言うか。そちらから抱き着いて来たのだろうが。」
 「違います。わたしはただ毛布を…。」

こちらはきちんと着せられてあったパジャマの、
その裾あたりから大きな手が潜り込むのを、
真っ赤になりつつ阻止しておれば。
庭に向いた窓へと掛かるカーテンの合わせから、
温かな金の明るみが差して来て、
ひんやりと静かに秋の朝がやって来たのを教えてくれて。

 「ああもう、離して下さいまし。
  朝餉の用意をしなくては。」
 「まだ随分と早いではないか。」
 「久蔵殿が、剣道部の練習で早く出るのですよ。」

てぇい、離してくれねば
その久蔵殿が何があったかと案じてしまいますと、
最後通牒を突き付ければ、
眉を下げつつも やれやれ敵わぬなと
やっとのことで手を緩めて下さって。
ただ、

 「………。」
 「〜〜〜。///////」

じいっと見つめて来られるその意図が、
何というのか、しかと通じているから始末に負えぬ。
ううう…//////と 真っ赤になりつつも、
ああこれは譲って下さらない間合いだなと酌み取って。
深色の豊かな髪を、頬から後ろへ、
両手を添わせての そおと退けて差し上げつつ、
屁理屈の多い口許へ、こちらの唇を押し当てれば。

 「………。///////」

これ以上のお戯れは無しということか、
再び腕を回すような束縛もないまま、素直に解放して下さる。
そうともなると、
こちらから離れてゆくのは
何だか気が引けるのが不思議なもの。
だがだが、時間が迫っているのも事実なので、
唇を離しつつ しばし視線を合わせていたのも束の間、
腕を立てての身を起こし、優しい温みのたゆとう寝床から、
後ろ髪を引かれつつも身を離す。

 “…まあ、今日は一日休みなのだしな。”

昨夜遅くに島田の方の務めから戻った勘兵衛であり、
まずは飢餓
(かつ)えを満たさんと、
優しい伴侶の懐ろへこの身を擦り寄せたそのまま、
結果、何も語らずに眠ってしまっての今朝なので。
それでと聞き分けが良かった、
まだまだ腹ぺこな獅子様だってこと、
気立てのいい奥方が思い知るのは
もちょっと後の刻のこと……。






     〜Fine〜  13.11.05.


  *秋も深まり、
   もちっとしっとりした作風にしようと思ったのですが、
   並行して書いてるお話の影響か、
   BGMがちょっと掻っ飛んでたからか、
   気がつきゃ こうなっちゃってました。
   いつまでも気が若いぞお館様vv(おいおい)

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